それは思いやりだと思うよ。

「やっぱり出てるところは出ていた方がいいので、いっぱい食べて下さい。」


と、彼に言われたことがある。


それは彼の思いやりだと思うよ、と、誰かに言われて気が付いた。


あ、そっか、少しは優しくされてたんだ、私は。


あの人にも、私への気遣いがあったんだよなぁ。


だから2年も、連絡を取り続けた、途中何度もはぐれそうになりながらも。



私は、どうにも石みたいに堅い所があって、人から優しくされても気づかなかったり、


変に疑ったり勘ぐったりするところがある。


だから、ずっと優しくされても、何年も、気付かない所がある。



もっと距離を詰めたいとか、頻繁に会いたいって、ずっと思っていたけど、


本当は違っていて、


私は好きになった人に対して、もっと純粋でいたかったんだと思う。


無理して会ったりとか、無理な要求をするとかじゃなくて。



ただただ、好きな人を想って涙が流れるあの気持ちを、大切にすればよかった。




優しさとは

一昨年の夏に、アパートの部屋で一人で倒れてしまって、


救急車で病院に搬送されたことがあった。


原因はよくわからなくて、体の中で炎症反応が出ている、とのことだった。


とにかく目の前が真っ暗になって気持ち悪くて、冷や汗が大量に出て止まらなくて、


自分でも危機を感じて、病院に行くしかないと思ったのだった。



救急隊の人が、まず身近な人に連絡を、ということで、夫の携帯に掛けてくれた。


集中治療室に入れられて、


あぁ、こんなに多くの人たちが、私のことで仕事を増やしてしまって、


申し訳ないな…とぼんやりと思っていた。


検査した結果、命にかかわるような危険はなくて、点滴をしてその日のうちに


帰れることになった。



夫が病院に来てくれたけど、実は私は、「彼」にもメールをしていた。


「救急車で病院に運ばれてしまいました。」


彼からは、


「何だと?!」


と最初に一報が来て、私が点滴を受けている間も、何か言葉を送ってくれたと思う。


病室には、夫と、彼からの言葉と。


メールの受信音に、少しヒヤッとしたけど嬉しかった。


2人もの男の人に心配してもらって、私は、贅沢な奴かも知れないな、


と身に染みて思った。



やっぱり、人からの優しさを、たとえそれがほんのちょっとのものであれ、


素直に感じないと、ダメかもしれないな・・・。




その2

引っ越した先は、地元からは車で2時間弱。


国道1本で繋がっているから、完全に離れたわけじゃないけど、


新しい街は、便利で住みやすい所だった。


実家の周辺はかなり田舎で、買い物するにもわざわざ車で遠出しなきゃいけなくて、


雪も沢山降るような場所だったから、


新しい街で、私は割とホッとして暮らすことが出来た。



かなり癒着してて居心地が悪かった実家からも、少しずつ、距離を取るようにして、


私は元気になって、積極的にイベントやアルバイトにも挑戦するようになった。


気持ちが明るかった。


彼と出会って、連絡を取るようになったのもこの時だった。




でも、それでもやはり、私はどこかで凄く、窮屈に感じていたんだと思う。


もっともっと広い、遠い所に自分を解放したかったんだと思う。


その住みやすかった便利な街から、また離れて、今の場所に来ることに、


自然になったのだった。



自分の意志とは全く関係なく見えて、実は自分が全て運命を決めているようにも


感じる。


彼と、離れることになったのも…。





就職~結婚してからのこと。その1

学校を卒業して、数年間は会社で働いていたけど、もともとの虚弱体質が災いして、


病院にしょっちゅう行ってたし、


周りから心療内科を勧められて、通っていたりしてた。


お腹を壊して、トイレが血で真っ赤になって、さすがに怖くなって、


神様に助けて、とお願いをした。


実家にも行きたくなかったし、


どこにいったらいいかわからなかった。



一人ではもう立っていられなくて、


そうこうしているうちに、夫と出会ったのだった。


穏やかで今までに見たことがないような人で、


私は彼にくっついて逃げるようにして職場を後にした。



会社を辞めた後、一年は実家にいたのだが、親はあまり私の体質に理解が無くて、


叱咤されて他の仕事をすぐに見つけて、するしかなかった。



完全に、精神的に居場所がなかった…。



夫の実家も、地元は一緒だし、結婚して、アパートを借りて暮らしてはいたのだが、


どちらの実家にも近いという生活は、あまり居心地良いものではなかった。


結婚しても、「自分たちの生活」というより、親たちの見張り監視付きの生活のようで、


何だか、落ち着かなかった。



虚弱体質で、精神的にもあまりタフな方でもないし、都会に飛び出して自分の根城を


造れるわけじゃないし、特技で稼げるとか、そういうスキルもないし、


ただ、ただもう無力な自分が悔しくてたまらなかった。



一緒に仕事をしていた同年代は、「何で長男の嫁なのに、家に入らないの?」って


いうような人たちだったし、完全に話が合わなくて、


私は孤立していたと思う…。



あの時に話せる人なんていなかった。



話しても話が通じないか、わかってもらえなくて、話さない方がかえってマシだとさえ


思っていた。


完全に世界が憎かった。



腎臓が悪くなって入院して、これからどうしよう・・・


と思っていた時に、夫の転勤の話を聞いた。


来月には、もう今の場所から引っ越す必要が出てきたよ、と。



私は、当時親の勧めで働いていた、自分の体調をここまで追い込むことになった


仕事からも解放されて、双方の実家からも少しは離れられる、


そういう立場に、自然になったのだった・・・。